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名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)951号 判決

原告

大井建興株式会社

右代表者代表取締役

大井友次

右訴訟代理人弁護士

富岡健一

四橋善美

髙澤新七

今村憲治

木村静之

右富岡健一訴訟復代理人弁護士

植村元雄

尾西孝志

瀬古賢二

高橋譲二

舟橋直昭

右四橋善美訴訟復代理人弁護士

山浦和之

右輔佐人弁理士

石田喜樹

被告

株式会社総合駐車場コンサルタント

右代表者代表取締役

堀田正俊

右訴訟代理人弁護士

安藤恒春

大場正成

鈴木修

右安藤恒春訴訟復代理人弁護士

内藤義三

右輔佐人弁理士

足立勉

参加人

日本パーキング建設株式会社

右代表者代表取締役

林實

右訴訟代理人弁護士

内藤三郎

家田安啓

右輔佐人弁理士

後藤憲秋

主文

一  原告と被告との間で、原告が、被告の有する特許権(登録番号・第一一四八六六三号、発明の名称・傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造)につき、特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することを確認する。

二  参加人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟の総費用中、差戻前判決に対する控訴費用は原告の負担とし、差戻前及び差戻後の訴訟費用は、原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、参加によって生じた分は参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告の被告に対する請求の趣旨及び答弁

1  原告の請求の趣旨

(一) 主文第一項同旨

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  右請求の趣旨に対する被告の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  参加人の原告及び被告に対する請求の趣旨及び答弁

1  参加人の請求の趣旨

(一) 参加人と原告及び被告との間で、参加人が、被告の有する特許権(登録番号・第一一四八六六三号、発明の名称・傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造)につき、特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することを確認する。

(二) 訴訟費用は、参加人との間で生じたものについて、原告及び被告の負担とする。

2  右請求の趣旨に対する原告の答弁

(一) 主文第二項同旨

(二) 参加人と原告との間で生じた訴訟費用は参加人の負担とする。

3  右請求の趣旨に対する被告の答弁

(一) 主文第二項同旨

(二) 参加人と被告との間で生じた訴訟費用は参加人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告の請求について

1  原告の請求原因

(一) 被告の特許権

被告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

(1) 発明の名称  傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造

(2) 出願日  昭和五二年七月二〇日

(3) 出願公告日  昭和五七年七月二八日

(4) 登録日  昭和五八年五月二六日

(5) 登録番号   第一一四八六六三号

(6) 特許請求の範囲

三六〇度の旋回走行によって一フロア分の高さを昇降するように上下方向に対し螺旋状に連続する車路に沿って駐車スペースを設けてなる傾床型駐車場を構成する基準階のフロアにおいて、ほぼ等勾配に形成された内外の路縁をもつ一対の相対向する傾斜平面状の直進部と、不等勾配に形成された内外の路縁をもつ一対の相対向する傾斜曲面状の直進部と、前記各直進部の勾配を整合する傾斜曲面をもつ四つのコーナー部とにより矩形状に螺回するように形成された車路にはこの車路の外側周辺に対し直交状に外接して並列された駐車スペース群よりなるアウトサイドパーキングエリヤと、前記直進部の内方に並列された駐車スペース群よりなるインサイドパーキングエリヤとを臨設するとともに、前記アウトサイドパーキングエリヤには車両が車長方向に傾斜されずに駐車されるように緩勾配を車幅方向に対応する方向に対し一方的に付与したことを特徴とする傾床型自走式立体駐車場におけるフロア構造。

(二) 堀田正俊の職務発明

(1) 本件発明の完成時期

本件発明は、堀田正俊が原告に在職中の昭和五一年七月一日から昭和五二年七月二〇日までの間に、原告代表者が主宰する駐車場の研究開発のためのプロジェクトチームにおいて、堀田ほか原告の設計スタッフ全員が共同して完成させたものである。

(2) 使用者(原告)の業務範囲

原告は、建設業、駐車場経営等を目的とする会社であって、自走式立体駐車場等の設計、施行の営業をしており、本件発明は原告の業務範囲に属するものである。

(3) 従業者の原告における職務

堀田は、昭和四九年四月一日から昭和五三年六月二〇日まで原告に在籍し、開発部、企画部、営業第一部及び本店営業部の各部長を歴任し(なお、本店営業部長の地位にあったのは昭和五二年二月から原告を退職する時までである。)、その間、事実上、常に立体駐車場工事部門の企画設計、技術開発等の業務の最高責任者の地位にあった。すなわち、堀田は、前記(1)記載の駐車場の研究開発のためのプロジェクトチームにおいて、その担当部長として意見の発表取りまとめ等に当たっていたものである。

なお、堀田は、昭和五一年四月一日に設立された被告の代表取締役に就任しているが、被告は、昭和五三年六月に増資されるまで資本の一〇〇パーセントを原告が出資していた会社であり、いわゆる原告の「ダミー会社」であって実体を伴わないものであった。他方、堀田は、同月二〇日まで引き続き原告の従業員として勤務し、原告から給与の支給を受け、その指揮監督の下に立体駐車場の技術開発等の職務を遂行していたものであるから、堀田が同年六月二〇日まで原告の従業者であったことは明らかである。

(三) 特許を受ける権利の承継

被告は、堀田から、本件発明について特許を受ける権利を承継し、前記(一)記載のとおり、本件発明について特許を受けた。

(四) 確認の利益

被告は、原告が本件特許権につき通常実施権者たる地位を有することを争っている。

(五) よって、原告は、被告に対し、原告が本件特許権について特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することの確認を求める。

2  原告の請求原因に対する被告の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二)(1) 同(二)の(1)のうち、堀田が原告主張のころ原告に在籍していたことは認め、その余の事実は否認する。

堀田は、昭和四六年三月ころ原告を一旦退職し、参加人において勤務していたが、参加人に在職中であった昭和四七年暮ころ、本件発明をした。すなわち、堀田は、昭和四六年四月に参加人の設立に参画して常務取締役に就任し、昭和四七年九月に訪米した際に傾床型自走式立体駐車場に関心を持って、帰国後の同年一一月ころからその研究に没頭し、同年暮ころに本件発明を完成させた。

(2) 同(2)の事実は認める。

(3) 同(3)のうち、堀田が昭和四九年四月一日から昭和五三年六月二〇日まで原告に在籍したこと、堀田が原告において開発部、企画部、営業第一部又は本店営業部の各部長の肩書を有していたこと、及び、被告が昭和五一年四月一日に原告の子会社として設立されたことは認め、その余の事実は否認する。

仮に、堀田が、原告に在職していた間に本件発明を完成させたものであるとしても、それは、原告が本件発明の研究、開発等について貢献したことによるものではなく、専ら参加人在職中の経験に基づいてしたものであって、原告における堀田の職務範囲外のものである。

すなわち、堀田は、再び原告に雇用された昭和四九年四月一日以降昭和五一年一月一四日までは、自転車置場の開発部長又は企画部長、健康機器である泡風呂の販売部長を務めていて、立体駐車場の発明に関する職務とは全く関係がない職務に従事し、また、同月一五日以降昭和五二年八月末日までは営業第一部長を務めていたが、その職務内容は、立体駐車場の販売・利益計画の企画立案実施であり、立体駐車場の設計・施行及び開発研究の職務は別に存在していた工事部門に委ねられていたから、立体駐車場の設計・開発研究等は、営業第一部長の職務に属するものではなかった。そして、堀田は、昭和五一年四月一日の被告の設立とともに被告の代表取締役に就任し、原告の受注した工事の設計管理の業務に専念していたものである。なお、堀田は、昭和五二年九月から原告の本店営業部長に就き、その職務には立体駐車場の設計・施行及び開発研究も含まれてはいたが、堀田は、その間実質的な仕事はしておらず、名目上原告に在籍していたに過ぎない。

なお、被告は原告のダミー会社ではなく、また、原告の一〇〇パーセント出資の子会社であるからといって直ちに法人格否認の法理を適用することは正当でない。被告は、本件発明に関する駐車場の設計管理等を堀田のリーダーシップの下に始める趣旨で、原告から独立して設立されたものであって、右業務を原告の一部門として行うよりも経営が円滑に行われるという見通しに基づいて、また、仮に失敗しても原告が出資額以上には損失を被らなくて済むという判断を前提として設立されているのであるから、被告が原告のダミー会社であるとしたり、被告の法人格が否認されるべきであるとすることはできないというべきである。

(三) 同(三)及び(四)の各事実は認める。

3  被告の抗弁(通常実施権の放棄)

(一) 原告は、昭和五三年七月一日、被告との間で、本件発明に関し大略次のような営業基本契約を締結した。

(1) 原告の受注した立体駐車場建設の基本設計・実施設計及び設計管理はすべて被告が請け負うこと。

(2) 原告は被告に対し、本件発明の実施料として毎月三〇万円及び実施設計の都度別に定める料金表による特別料金を支払うこと。

(3) 原告は、本件発明の実施を被告に無断でしてはならず、かつ、本件発明に関する機密を遵守すること。

(二) 右契約は、被告が原告に対し、本件発明の通常実施権者たるべき地位を設定する契約であるが、反面、仮に原告が職務発明による通常実施権者たるべき地位を有していたとしても、堀田の原告在籍中における多大な貢献に報いるため、原告の好意に基づき、右契約締結日において原告が右地位を放棄する趣旨を含むものである。

(三) 右契約は、期間を一年間とするものであり、以降毎年同一内容で更新されていたが、昭和五七年六月末日をもって更新されることなく終了した。

(四) よって、原告は、本件発明に関し、通常実施権を有しない。

4  被告の抗弁に対する原告の認否

(一) 被告の抗弁(一)のうち、原告が被告との間で、昭和五三年七月一日に営業基本契約なるものを締結したことは認めるが、原告が被告に対し本件発明の「実施料」の支払を約したことなどその契約内容については否認する。

(二) 同(二)及び(三)は否認し、若しくは争う。

二  参加人の請求について

1  参加人の請求原因

(一) 原告の請求原因(一)に同じ。

(二) 堀田正俊の職務発明

(1) 本件発明の完成時期

ア 林建設工業株式会社(以下「林建設」という。)は、中規模の建設会社であり、一般的な駐車場の建設は手掛けていたが、駐車場に関する専門的な技術を十分に有するものとは必ずしもいえなかったことから、昭和四六年に、この分野の技術的関心を有し当時原告を退職していた堀田と共同して参加人を設立し、堀田は、参加人の取締役に就任した。

参加人は、昭和四六年及び昭和四七年の二度に亘って、当時、自動車駐車場技術では日本より各種の点で優れていたアメリカに堀田を派遣し、プレハブ工法(予めできあがったコンクリート板を組み合わせる工法)による駐車場建設技術を有していたポータブル・パーキング・ストラクチャーズ・インターナショナル(以下「PPSI社」という。)との間で技術提携援助契約を結び、右技術の吸収、導入に努めた。

堀田は、参加人に勤務中、右技術を基礎に、日本の土地事情に適合するようにスペースを節減するための工夫、改良を図った結果、昭和四八年ころ、床の傾斜を二方向に付ける方式の本件発明を完成するに至り、参加人にその旨提案した。

イ 参加人は、本件発明に基づいた駐車場を建設することは技術的に可能であったものの、建設費用が高くなることが懸念され、また、当時いわゆる石油ショックという困難な経済情勢下にあり、自動車駐車場の建設業務には将来性が期待できなかったことから、本件発明の施工及び特許出願をするには至らなかった。

ウ 参加人は、堀田を駐車場の開発研究者として処遇し、海外に派遣するなどして、本件発明を完成させるについて貢献したが、原告は本件発明について何ら貢献していないのであるから、本件特許権の出願時に堀田が原告に在籍していたとしても、原告が本件発明について職務発明による通常実施権を有するとすることは不合理である。

(2) 使用者(参加人)の業務範囲

参加人は、自動車の駐車場の建設等を目的とする会社であり、駐車場に関する新技術の開発、導入のために設立され、実際にもそれを業務としていたから、本件発明は参加人の業務範囲に属するものである。

(3) 従業者の参加人における職務

堀田の参加人における肩書は、取締役営業部長であったが、参加人全体が新技術の開発、導入を目指していた上、営業部長の職務にはこの新技術の開発、導入に関する事項を含み、また、駐車場に関する基本構造については営業部において企画、立案することとなっていたから、本件発明のような駐車場の基本構造に関する技術の開発は、堀田の職務に属するというべきである。また、実際にも、前記(1)のとおり、堀田が本件発明に至るまでにした研究、開発行為は、すべて堀田が参加人における職務として行ったものである。

(三) 特許を受ける権利の承継

原告の請求原因(三)に同じ。

(四) 確認の利益

原告は、参加人が本件特許権につき通常実施権者たる地位を有することを争っている。

(五) よって、参加人は、原告及び被告に対し、本件発明について、参加人が特許法三五条一項に基づく通常実施権を有することの確認を求める。

2  参加人の請求原因に対する原告の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二)(1) 同(二)の(1)の各事実のうち、参加人が昭和四六年に設立されたことは認め、その余の事実は否認し、若しくは知らない。

(2) 同(2)のうち、参加人が自動車の駐車場の建設等を目的とする会社であることは認め、その余の事実は知らない。

(3) 同(3)の事実は否認する。

(三) 同(三)及び(四)の各事実は認める。

3  参加人の請求原因に対する被告の認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二)(1) 同(二)の(1)のアの事実は認める。同イのうち、参加人が本件発明につき特許出願をしなかったことは認め、その余の事実は知らない。同ウの主張は争う。

(2) 同(2)の事実は認める。

(3) 同(3)のうち、堀田が参加人の取締役営業部長であったことは認め、その余の事実は知らない。

(三) 同(三)及び(四)の各事実は認める。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  原告の請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告の請求原因(二)の(1)(本件発明の完成時期)について

1  〈証拠省略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和二八年四月、商号を大井木材株式会社として設立され、木造ハウスの製作、販売、施工等の営業を行ってきたが、昭和三八年三月、商号を大井建興株式会社と変更し、そのころから鋼製ハウスの製作、販売等の営業を行うようになり、昭和四四年ころから立体駐車場のプレハブ工法の研究に着手し、昭和四五年七月ころから自動車立体駐車場を発売し、昭和四六、七年ころからは自転車置場の研究にも取り掛かり、昭和五〇年八月には主要な営業目的を建設業、建築設計業務等に変更して現在に至っている。

(二)  堀田は、昭和四三年四月、本社営業部次長として原告に雇用され、昭和四四年に原告代表者及び原告の建築部長であった真柄正彦と共に、プレハブ工法により立体駐車場を建設していたアメリカのPPSI社を訪問し、右工法の技術導入を検討した結果、同社との間で技術援助の契約を締結するまでには至らなかったが、同社が施工していた立体駐車場のプレハブ工法を参考にして、同種の駐車場建設の研究をするようになった。

そして、原告は、右の研究の結果、昭和四五年七月ころから、駐車区画に傾斜を設けない立体駐車場をプレハブ工法によって建設するようになった。

堀田は、昭和四六年三月に原告を一旦退職したが、同年二月には二級建築士の資格を取得している。

(三)(1)  堀田は、原告を退職した後、林建設の代表取締役をしていた林實らが駐車場の建設・販売等を目的として昭和四六年三月に設立した参加人の取締役に就任(参加人の目的、設立時期は、各当事者間に争いがない。)、営業担当常務取締役として自動車駐車場の営業を担当したが、技術的なアドバイス等にも関与していた。また、真柄も、昭和四五年暮に原告を退職しており、参加人の設立とともにその技術担当取締役に就任した。

(2) 堀田と真柄は、昭和四六年五月ころPPSI社を訪問し、林建設及び参加人とPPSI社との間で立体駐車場のプレハブ工法に関する技術(可搬式駐車装置に関する技術)援助契約を締結して、これを実施することになった。

参加人は、右工法を基に、昭和四六年八月ころから駐車場建設を始めたが、それらは、原告が施工していたものとほぼ同種のものであった。

(3) 右プレハブ工法による立体駐車場には雨漏りがするという欠点があったため、堀田は、昭和四七年九月ころ、アメリカ各地を回り、傾床型自走式立体駐車場を見学するなどして駐車場の技術改良の研究をした結果、雨漏りの欠点を改善するためには、プレハブ工法ではなく、現場打ち工法による方が優れているとの結論に達し、更に駐車場用地が狭いという日本の実情に対応するための研究を続け、同年暮ころ、現場打ち工法による傾床型自走式立体駐車場を発案し、その図面を作成し、これを基に早崎富雄にボール紙と割り箸のようなもので模型を作成させ(なお、右の図面及び模型の詳細を認めるに足りる証拠はない。)、参加人内部の検討会や林建設の支店長会議において、林實らに模型を示して右駐車場についての説明をしたが、曲面を現場打ち工法で施工することについて、林から「あなたは、現場のことを知らないから頭の中ではできるかもしれないが、そういうものはできない。」と言われた。

また、自動車を左右に傾いた状態で駐車することについて、行政側から安全性についての疑問が提起されるのではないかという心配もあった。

結局、参加人においては、技術的に確信が持てない上にコストの面からも問題があるとして、その実施を見送ることに決定した。堀田も、技術の専門家から右のように言われたので、右の決定に納得していた。

(4) 堀田は、参加人の営業が石油ショックの影響等を受けて停滞したことなどから、昭和四九年三月に参加人を退職した。

(四)(1)  堀田は、同年四月一日、原告に再び雇用されて本社開発部長となり、同年六月二一日、開発部の名称変更により企画部長となり、当初は主として自転車置場の企画開発に従事し、昭和五〇年初めころからは主として泡風呂の販売に従事した。

そして、堀田は、昭和五一年一月一五日、本社営業第一部長として自動車の駐車場に関する業務を担当するようになった。なお、原告の本社業務分掌規定によれば、営業部長は販売・利益計画の企画立案実施等を行うものとされていたが、堀田は、営業活動に付随して、自動車駐車場の設計段階から関与していた。

また、堀田は、昭和五〇年二月四日から同月一四日までの間、原告の男子社員に対し、フリーパーク(自動車駐車場)及びバイパーク(自転車駐車場)に関する講習を行い、昭和五一年三月七日には「立体駐車場LAYOUTの基準」を作成したが、いずれも本件発明に関わる事項は含まれていなかった。

(2) 原告は、官庁が発注する仕事を請け負うためには設計と施工が分離していなければならないとする行政指導に従い、昭和五一年四月一日、駐車場の設計管理、計画調査及び経営指導等を目的とする被告を設立したが、被告は、原告がその資本を全額出資し、その本店を原告の事務所の中に設置し、被告専用の設備もほとんどない会社であり、また、堀田は、原告の営業第一部長を兼ねたまま被告の代表取締役に就任したが、原告のみから給与の支給を受けていたものであり、要するに、被告の存在はいわば形だけのものであった。

なお、堀田は、昭和五二年二月ころに一級建築士の資格を取得し、そのころから、原告の工事課が堀田の分掌の下に編入されて、工事関係も統轄するようになった。

(3) 原告は、昭和五一年三月二五日に青山パーキングビル新築工事を請け負い、堀田の関与の下で、原告として初めて傾床型自走式の立体駐車場を施工し、同年一一月にこれを完成させた。原告は、昭和五一年四月一三日、堀田を発明者として別紙一記載の内容を請求の範囲とする特許を出願したが(特願昭五一―四二二一三号。以下「第一発明」という。)、それは、アメリカの既存の技術をほぼそのまま取り入れたものであり、青山パーキングビルにおいて施工された立体駐車場は、その自動車走行路の一部が駐車できない急勾配になっていたという差異があるものの、第一発明とほぼ同様の設計思想に基づくものであった。

さらに、原告は、堀田を中心として、昭和五一年七月ころ新岐阜駅前駐車場の設計を開始し、同年一一月にその工事を完成させたが、新岐阜駅前駐車場は、第一発明に多少の工夫、改良を加え、自動車の走行路の一部にねじれ曲面を含ませたものであった。原告は、同年七月一日、同駐車場において用いた設計思想を、堀田を発明者として別紙二記載の内容を請求の範囲とする発明として特許出願した」(特願昭五一―七九一三八号。以下「第二発明」という。)。

なお、原告がアメリカではほぼ公知の発明であったものを、堀田を発明者として右のように特許として出願したのは、出願が認められれば儲けものであるから出願せよとする原告代表者の強い意向によるものであった。

(4) 原告は、新潟丸大百貨店の駐車場の設計において、本件発明を最初に実施したが、その設計は、堀田が責任者となり、原告の社員であった小島秀夫、石川理及び余語実宏が関与して行われた。そして、堀田らは、右駐車場の設計において、昭和五一年二月ころから種々の案を検討し、昭和五二年四月ころには第二発明による設計図を作成したこともあったが、最終的には、堀田の発案に係る本件発明と同一の技術思想に基づくものが最も駐車効率がよいとの結論に達し、また、その施工に当たってはねじれ曲面を現場打ち工法で行う必要があったが、新岐阜駅前駐車場の新築工事においてねじれ曲面の施工を順調に行うことができた実績があったことから、本件発明による駐車場の場合は新岐阜駅前駐車場よりもねじれ曲面の面積が広いものの、その施工は可能であると判断し、同年五月ころに本件発明と同一の技術思想に基づく図面を作成し、同年六月には実施設計図を作成するに至った。

右駐車場の建築工事に関する設計業務の受注契約は、被告が工事請負人である佐藤工業株式会社から代金八〇〇万円で請け負い、これを原告に代金七〇〇万円で下請けに出すこととし、これに従って会計処理がされた。

なお、堀田は、右設計図の完成後も、これが公知にならないようにとの考慮から、本件発明の出願が済むまでは施主に対しても右設計図を見せなかった。

そして、本件発明は、同年七月二〇日、出願人を被告として特許出願されたが、出願人を被告としたのは、被告の代表者である堀田の強い希望があり、原告がこれを承諾したためであった。

(五)  堀田は、昭和五三年三月二一日に原告における停年に達した後も引き続き嘱託として原告に勤務し、同年六月二〇日に原告を退職したが、その後も被告の代表取締役を勤め現在に至っている。なお、同月二七日には原告の同意の下に被告の資本を増加し、被告における原告と堀田の持株の割合を各二分の一となるようにした。

(六)  原告と被告とは、昭和五三年七月一日、営業協力基本契約を締結し、原告は、被告に対しその事務所として原告所有の大井ビル五階の一部分を賃貸すること、原告の所有する特許はすべて原告の実施設計に使用し、被告は他者に対しては機密を守ること、被告名義の特許は原告発注による被告の実施設計に対して使用を全面的に認めるものとし、被告の特許についても原告、被告とも機密を守ることなどについて合意し、原告から被告に発注する実施設計の料金について、その価格基準を定めた。そして、原告と被告は、昭和五四年七月一日及び昭和五五年八月二五日にも同趣旨の契約を締結したが、昭和五六年にはこれを締結することはなく、被告は同年夏ころ大井ビルから退去した。

2 発明が完成されたというためには、その創作された技術内容が、その技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体化され、客観化されたものでなければならず、その技術内容がこの程度に構成されていないものは、発明として未完成であるというべきである(最判昭和四四年一月二八日・民集二三巻一号五四頁)。

これを本件についてみるに、右1の事実によれば、堀田は、参加人を退職し、昭和四九年四月に原告に再び雇用された後、堀田にとって初めての傾床型自走式立体駐車場である青山パーキングビルを第一発明を利用して施工し、それを更に改良し一部にねじれ曲面を含む構造とした第二発明に基づく新岐阜駅前駐車場の設計、施工に携わった後に、その設計、施工経験を基にして、新潟丸大百貨店の駐車場の設計に際し、種々の案を検討した末に本件発明と同様の技術思想に至り、これに基づく実施設計図を作成したものというべきであるから、本件発明が完成したのは、右実施設計図が完成した昭和五二年六月ころであるというべきである。

なお、堀田が、参加人在職当時の昭和四七年暮ころの段階で、傾床型自走式立体駐車場を現場打ち工法で施工するのがよいとの結論に達して、図面、模型等を作成したことは既に認定したとおりであり、被告及び参加人は、これをもって、堀田は参加人に在職中、既に本件発明を完成していたと主張し、被告代表者尋問の結果中には右主張に沿う供述部分があるほか、証人市村竹嗣、同早崎富雄、同林實の各証言中には、参加人の代表者林及び同取締役の市村が、当時堀田から傾床型自走式立体駐車場についての発明の説明を受け、早崎は、堀田から指示を受けて傾床型自走式立体駐車場の模型等を作成したとする供述部分がある。

しかし、右各供述中、証人三名の供述については、発明の内容に関する供述がいずれもあいまいであって、その発明の内容が本件発明と同一であったとする趣旨の証拠としては採用することができない。

また、仮に、堀田が、被告や参加人が主張する時期に本件発明を完成していたとすれば、技術者からその実現可能性について疑問が提起されたことがあったとはいえ、研究の到達点を示す重要な図面ないし模型が残されていないのはいかにも不自然であるし、堀田が傾床型自走式立体駐車場を施工したのは、原告が昭和五一年三月二五日に請け負った青山パーキングビルの新築工事において第一発明を利用したのが初めてであって、その後、第二発明を利用した新岐阜駅前駐車場の施工を経て、本件発明を利用した新潟丸大百貨店の駐車場の施工をするに至った経緯に照らすと、昭和四七年暮ころに堀田が発案した傾床型自走式立体駐車場の構造が、第一発明や第二発明ではなく、それを更に改良した本件発明であったということはできないものといわざるを得ないし、まして、当時、本件発明がその技術分野における通常の知識・経験をもつ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体化され客観化されていたとすることは到底できないというべきであって、結局、被告代表者尋問の結果中の前記供述部分を採用することはできず、堀田が昭和四七年暮ころに傾床型自走式立体駐車場の一つの構造について、その基本的な構想に想到していたことをもってしても、前記認定を覆すに足りないといわざるを得ない。

三  原告の請求原因(二)の(2)(使用者(原告)の業務範囲)について

前記認定のとおり、原告は、建設業、駐車場の経営等を目的とする会社であり、立体駐車場の設計施工の営業をしているのであるから、本件発明が原告の業務範囲に属することは明らかである。

四  原告の請求原因(二)の(3)(従業者の職務)について

従業者がした発明が職務発明に当たるためには、当該発明をするに至った行為が、当該従業者の現在又は過去の職務に属することが必要であるが、前記認定の事実によれば、堀田は、参加人在職中に、既存のアメリカの技術を基にして、雨漏りの欠点を改善することや日本の実状に合わせて敷地面積当たりの駐車効率を上げる必要があることを認識し、そのために創意工夫をしたものの、未だその発明を完成するには至らず、その後、原告の業務である新潟丸大百貨店の駐車場の設計業務を遂行する過程で、その責任者として本件発明を完成したものであるから、堀田が原告在職中に本件発明をするに至った行為は、使用者である原告における堀田の現在の職務に属するものに当たるというべきである。

なお、前記認定の事実によれば、堀田は、昭和五一年四月一日から、原告の従業員としての職務とともに、被告の代表取締役の職務を兼ねるようになり、また、新潟丸大百貨店の駐車場の設計業務の受注契約は、被告が請け負い、それを原告に下請けに出したという事情にあったものの、被告は、原告が設計と施工を分離するために設立した形だけの存在ともいい得る会社であったし、新潟丸大百貨店の駐車場の設計に関与した堀田らの給与は、原告から支払われたものであったことからすれば、右の事情は、堀田が本件発明をするに至った行為が原告における職務に属するものであることについて、何ら影響を及ぼすものではないというべきである。

五  原告の請求原因(三)、(四)の各事実は、当事者間に争いがない。

六  被告の抗弁(通常実施権の放棄)について

被告は、原告が昭和五三年七月一日に被告との間において営業基本契約を締結したことにより、本件特許権についての通常実施権を放棄した旨主張するが、前記認定の契約内容からは未だ右事実を認めるに足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

七  参加人の請求について

既に認定したとおり、堀田が本件発明を完成したのは、原告に在職中であった昭和五二年六月ころのことであるところ、特許法三五条一項の「現在又は過去の職務」とは、同一企業内での現在又は過去の職務と解すべきであり、退職後に完成した発明が在職中の職務に属するとしても、それは同条の職務発明には該当しないものというべきであるから、右のとおり、堀田が、参加人を退職した後、原告在職中に本件発明を完成するに至っている以上、参加人が、堀田が本件発明を完成するについて一定程度貢献していたとしても、参加人には本件発明について同法三五条一項の通常実施権は認められないから、参加人の請求は理由がない。

八  以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、参加人の原告及び被告に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷禎男 裁判官貝原信之 裁判官前田郁勝)

別紙一第一発明の出願当初の特許請求の範囲

(1) 駐車可能な緩やかな勾配の傾斜路によって複数層の各階に連続する車両走行用の通路を構成し、この通路の片側あるいは両側に通路と同一面で連なる複数の駐車区画を設けたことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。

(2) 駐車可能な緩やかな勾配の傾斜路によって複数層の各階に連続する車両走行用の通路を上り走行車線専用の通路と下り走行車線専用の通路とに分けて配設するとともに、上り走行車線専用通路と下り走行車線専用通路との一部を各階においてそれぞれ重合させ、これらの通路の片側あるいは両側に通路と同一面で連なる複数の駐車区画を設けたことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。

別紙二第二発明の出願当初の特許請求の範囲

近接して双立するフロア群の一方側と他方側との各フロアは車両が駐車しうる勾配を持ち、交互に上端縁部と下端縁部が同じ高さ関係となる千鳥状に配置していて、各フロアは車両が通る車両通行区と該車両通行区に沿って特定された駐車区からなり、一方側のフロア群と他方側のフロア群のフロアとは相互の高さ関係が同じとなる端縁部において車両の通行専用の変形急勾配の傾斜連絡路で連結され、両フロア群の各フロアの車両通行区はほぼ螺旋状にひとつづきに連絡されている構造を含むことを特徴とする連続傾床型自走式立体駐車場。

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